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日本のリスクは「見ざる、言わざる、聞かざる」 [時事所感]

武田邦彦 (中部大学): 「被曝場」と化した学校・幼稚園


かつての日本のほのぼのとした、木訥でも尊敬できる先生方がおられた小学校、中学校はすでに無いと言われています.

それは社会の変化があり、ご父兄が先生を尊敬しないこともあり、また日教組の一部の活動も原因しています.

そして、今は文科省を頂点とした軍隊組織のような古い上意下達の組織になっています.

でも、このようなことはすべて「大人の事情」であり、それで子供が被害を受けるのは可哀想です.

どんなに社会が曲がっていても、どんなに悲惨な仕打ちを受けても、それに立ち上がるのは個人の人間の魂でしょう.



武田教授がブログで必死に訴えている。
教授の指摘について批判的に取り上げる評論家もいるにはいる。
自分は専門家でないのでその真偽は評価できない。
しかし教授の意見がマスコミで取り上げられる機会は非常に少なく、ネットユーザーに限定されていることは確かだ。

彼の指摘を聞いて感じたこと、それは日本最大のリスクである。
そのリスクとは「見ざる、聞かざる、言わざる」の社会状況である。
つまりマスコミで持ち上げられた知識人の「鶴の一声」がすべてであり、それ以後国民は思考停止状態に陥ってしまう。
意見が出しにくい環境、意見を出すと「余計なヤツ」と看做されるという恐怖心、全てが自由意志の発露を塞いでいく。
実は日本にもそこここに穿った意見を主張する方々は多いのである。
しかしそれを自身の行動でその真偽を確かめようとする人々があまりにも少ない。
ここに日本がバブル以降ずっと元気が出ない根本原因があるのではないか?

これを変革していく意思と精神力が現代日本人に備わっていると確信を持って言うことはできない。
明治維新の志士でさえ、日本の変革に外国勢力の力を必要としたのである。
ただし彼らは外国勢力の管理には成功した。
一方、今の日本国民に周辺大国に対して明確な自己主張を行う力が備わっているとは言い難い。
我々はなによりもまず、自分たちのスタンスを確立する必要があるのだ。
しかし現代は非常に複雑化しており、人智だけで正しい展望を見出すことは困難だ。
今日ほど天道に耳を傾ける謙虚な精神が必要とされている時代はないのである。

 


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